◎鎌倉 books moblo(ブックスモブロ)
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モブロの荘田賢介さんとはもう随分長いおつき合いで、『murren』の増刊号で「山でパンとスープ」号を出したときに、お店で「山と書物」企画を催して下さって以来だから、もう7年近くになる。 お店は鎌倉にあるので、街の背後に連なる鎌倉アルプスに登り、お稲荷さんとお味噌汁を食べ、食後に各自が持ち寄ったおすすめの一冊を紹介するという企画だった。私はたしか、山に行くときに必ず持つ文庫本を紹介したのだが、参加者の皆さんは、山の本をお持ちになるのかと思いきや、まったく違うジャンルの本ばかりが現れて、とても新鮮だった。
山を下りた後は鎌倉のお店にもうかがった。駅から少し離れたビルの2階のお店には、店内の中央にアイランド式に机があり、両側の壁に本棚があって、どれも本で埋まっていた。小さいお店だけれども圧迫感はなく、明るい自然光が入って、ゆっくりと本を吟味できる。私はそのときピカソの評伝が目に入って、どうしようかな? と思ったのだが、それは買わずにカラーブックスの『街路樹』と小型の古い高山植物図鑑を買った。
それから一杯飲みに行った。街なかの立ち飲み屋で話している間、私は寝不足で山へ登って下りて眠たくて目がしょぼついていたのだが、荘田さんが鎌倉のご出身ではなく、お勤めをやめて鎌倉に移住し古書店を始めたと話されていたのが印象に残った。鎌倉は古い街だし、移住者が書店を続けるのは大変なのではと思ったが、気さくで温和なお人柄とご自分の好みを反映した品揃えで、少しずつファンを増やし、鎌倉の地に根っこを伸ばしていらっしゃるようだった。
モブロではその後も小誌を毎号扱って下さり、拙著の新刊も出版されるたびに置いて下さり、つい先日も某誌から、「ミューレンブックス」の第一巻、安西水丸さんの『てくてく青空登山』を荘田さんが紹介されたので原稿を確認して下さい、と連絡が来たばかりだった。小さな書評欄だったが、こうしていつも小誌を気にかけて下さる。
そんな件もあって、突然閉店のおしらせをいただいたとき、私は目を疑った。お体のことでしばらくは治療に専念されるという。
誰しも生きていると、明日はなにが起こるかわからない。モブロが閉店するなんて、私は考えもしていなかったし、これからもずっと、これまでと同じようにおつき合いさせていただくものと思っていた。けれども絶対はないのだし、永遠はないのである。
私は梅雨の晴れ間のある午後に、鎌倉へ荘田さんに会いにいった。強い陽ざしで帽子がいるような日で、駅前は観光客で大変な人出だったが、少しはずれると人通りも落ち着いて静かになる。線路沿いの草むらからなにかが飛んできて腕に止まったと思ったら、カミキリだった。しばらく歩いてから草むらに戻し、滑川を渡って、このへんだったと建物の上の方を見ていくと、モブロの窓が見えた。店内は以前と変わらず、明るい光のなかに本が並んでいる。もうだいぶ本が減ってしまったと荘田さんは言ったけれども、欲しい本はまだ何冊もある。訪れる人はとぎれることなく、そのうちの数人は会話を交わしてゆく。
ようやく決めた本をレジに出すと、荘田さんがこの本ご存じですか、と言って、『酒の…』を開いて見せてくれた。それは某酒造メーカーが頒布した豪華本で、著名人が自分とお酒の関係について書いた掌編集だった。その著者のひとりに、小誌19号特集『ヒトシとレビュファ』に登場したフランス人クライマーで作家のガストン・レビュファの文章が、終生親しいザイルパートナーだった翻訳家の近藤等先生の訳で掲載されているという。立ったまま斜め読みしたその文章には、彼が仲間と困難な登攀から無事下りてきて、日に当たってすっかりぬるくまずくなった水にめいめい好みの酒を混ぜて存分に喉をうるおした日の歓喜が綴ってあった。酒は飲むために飲むのではない。山は登るために登るのではない。生命の輝き、今生きている喜びを感じるために、その喜びを仲間と分かち合うために登るのだ。レビュファは数ある著書のなかで同じことを繰り返し語っている。彼にとってそれは山で得た、唯一無二の真実なのだ。そしてそれはまた多くの人にとって真実である。
私は本を返して、握手をして別れた。荘田さん、私たちもまたいつか鎌倉の小さな山に登りにいきましょう。
※ books mobloは2019年6月30日まで開店しています。皆さまもぜひお出かけ下さい。
神奈川県鎌倉市大町1-1-12 WALK大町 2F-D.
TEL&FAX 0467-67-8444
※「山と書物」のイベントはこちらでした
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