ミューレン
vol.24 2019 January 540yen tax_in
葉で包む
街と山のあいだ。
ミューレンブックスはこちら
ご購入方法
販売店
お知らせ
販売店訪問記
メール
 
 
販売店訪問記
  top contents staff

全国各地に点在する『murren』の販売店。
折りに触れて、編集部が訪ねて歩いた販売店をご紹介します。
旅の途上で、散歩の途中で、ぜひお立ち寄り下さい。

 
◎鎌倉 books moblo(ブックスモブロ)
  ---  
 モブロの荘田賢介さんとはもう随分長いおつき合いで、『murren』の増刊号で「山でパンとスープ」号を出したときに、お店で「山と書物」企画を催して下さって以来だから、もう7年近くになる。

 お店は鎌倉にあるので、街の背後に連なる鎌倉アルプスに登り、お稲荷さんとお味噌汁を食べ、食後に各自が持ち寄ったおすすめの一冊を紹介するという企画だった。私はたしか、山に行くときに必ず持つ文庫本を紹介したのだが、参加者の皆さんは、山の本をお持ちになるのかと思いきや、まったく違うジャンルの本ばかりが現れて、とても新鮮だった。

 山を下りた後は鎌倉のお店にもうかがった。駅から少し離れたビルの2階のお店には、店内の中央にアイランド式に机があり、両側の壁に本棚があって、どれも本で埋まっていた。小さいお店だけれども圧迫感はなく、明るい自然光が入って、ゆっくりと本を吟味できる。私はそのときピカソの評伝が目に入って、どうしようかな? と思ったのだが、それは買わずにカラーブックスの『街路樹』と小型の古い高山植物図鑑を買った。

 それから一杯飲みに行った。街なかの立ち飲み屋で話している間、私は寝不足で山へ登って下りて眠たくて目がしょぼついていたのだが、荘田さんが鎌倉のご出身ではなく、お勤めをやめて鎌倉に移住し古書店を始めたと話されていたのが印象に残った。鎌倉は古い街だし、移住者が書店を続けるのは大変なのではと思ったが、気さくで温和なお人柄とご自分の好みを反映した品揃えで、少しずつファンを増やし、鎌倉の地に根っこを伸ばしていらっしゃるようだった。

 モブロではその後も小誌を毎号扱って下さり、拙著の新刊も出版されるたびに置いて下さり、つい先日も某誌から、「ミューレンブックス」の第一巻、安西水丸さんの『てくてく青空登山』を荘田さんが紹介されたので原稿を確認して下さい、と連絡が来たばかりだった。小さな書評欄だったが、こうしていつも小誌を気にかけて下さる。

 そんな件もあって、突然閉店のおしらせをいただいたとき、私は目を疑った。お体のことでしばらくは治療に専念されるという。

 誰しも生きていると、明日はなにが起こるかわからない。モブロが閉店するなんて、私は考えもしていなかったし、これからもずっと、これまでと同じようにおつき合いさせていただくものと思っていた。けれども絶対はないのだし、永遠はないのである。

 私は梅雨の晴れ間のある午後に、鎌倉へ荘田さんに会いにいった。強い陽ざしで帽子がいるような日で、駅前は観光客で大変な人出だったが、少しはずれると人通りも落ち着いて静かになる。線路沿いの草むらからなにかが飛んできて腕に止まったと思ったら、カミキリだった。しばらく歩いてから草むらに戻し、滑川を渡って、このへんだったと建物の上の方を見ていくと、モブロの窓が見えた。店内は以前と変わらず、明るい光のなかに本が並んでいる。もうだいぶ本が減ってしまったと荘田さんは言ったけれども、欲しい本はまだ何冊もある。訪れる人はとぎれることなく、そのうちの数人は会話を交わしてゆく。

 ようやく決めた本をレジに出すと、荘田さんがこの本ご存じですか、と言って、『酒の…』を開いて見せてくれた。それは某酒造メーカーが頒布した豪華本で、著名人が自分とお酒の関係について書いた掌編集だった。その著者のひとりに、小誌19号特集『ヒトシとレビュファ』に登場したフランス人クライマーで作家のガストン・レビュファの文章が、終生親しいザイルパートナーだった翻訳家の近藤等先生の訳で掲載されているという。立ったまま斜め読みしたその文章には、彼が仲間と困難な登攀から無事下りてきて、日に当たってすっかりぬるくまずくなった水にめいめい好みの酒を混ぜて存分に喉をうるおした日の歓喜が綴ってあった。酒は飲むために飲むのではない。山は登るために登るのではない。生命の輝き、今生きている喜びを感じるために、その喜びを仲間と分かち合うために登るのだ。レビュファは数ある著書のなかで同じことを繰り返し語っている。彼にとってそれは山で得た、唯一無二の真実なのだ。そしてそれはまた多くの人にとって真実である。

 私は本を返して、握手をして別れた。荘田さん、私たちもまたいつか鎌倉の小さな山に登りにいきましょう。

 

books mobloは2019年6月30日まで開店しています。皆さまもぜひお出かけ下さい。
神奈川県鎌倉市大町1-1-12 WALK大町 2F-D.
TEL&FAX 0467-67-8444

※「山と書物」のイベントはこちらでした

 

◎札幌 presse(プレッセ)
  ---
 知らない町で地下鉄に乗るにはちょっとした勇気がいる。車窓から外の景色が見えていれば、町のようすがつかめるが、真っ暗な地下ではそんな当たりもつけられないし、土地勘のない場所では、地上に出たときに右も左もわからない。

 札幌のプレッセはそんな市営地下鉄に乗っていく店だった。初めて見る駅名が並んだ路線図を見上げて、東京に初めて来た人もこんなふうにあの複雑な路線図を見上げるのかと思う。小誌の販売店の多くは、ふだんはメールのやりとりがほとんどで、地方であればなおさら、顔を合わせたこともなければ、声も聞いたことのない方もたくさんいらっしゃる。プレッセもそのひとつである。

 しかも、今日は別の取材で札幌へ来た帰りに急にうかがうことにしたので、すでに閉店時間ぎりぎりである。道に迷っている余裕はない。焦りと不安を抱えたまま地下鉄に乗り、最寄り駅で地上に出ると、そこは郊外の住宅街といってもいい、静かな地区であった。駅前にショッピングセンターがあり、夕方の買い物に来た人たちが普段着姿で歩いている。お店のHPにあった案内図を頼りに、自転車置き場の脇から細い遊歩道を抜けていくと、この町の暮らしに入り込んだようで、気持ちが落ち着く。

 感じのいいカフェを見つけ、後で行きたいねなどと同行者と話しながら行くと、その先の木造の二階家がプレッセだった。いくつかのお店が入っていて、2階の右手がプレッセである。店に入ると中は縦長に広く、北欧やヨーロッパの雑貨がずらりと並んでいる。

 お店のHPを拝見していて、店主の須藤さんは楚々としたなよやかな人なのかなと勝手に想像していたのだが、案に相違して、大地に足をつけて、しっかりと立っている印象の方だった。それでいてやさしく穏やかな話し方をなさる。年に一度は北欧を巡って買い付けをするという須藤さん自身の目で選んだ品々が、このお店全体の、かわいいだけではない、生活に根ざした力強い雰囲気を作り上げていることが、話していてすぐに知れた。

 ひとしきりお話しした後、少し見てもいいですかと言って見始めた店内は、どこもかしこも魅力的な品々に満たされていて、こんななかに小誌を置いてもらっているなんて、申し訳ないようで恐縮してしまう。どこにうちの子が、とでもいった気持ちでそっと探すと、棚の一隅でなに食わぬ顔をして表紙を見せて立っていた。このような冊子を、こんなお店に来る人たちが買って下さるのかと、まったくありがたさでいっぱいになる。一見して他の雑貨とは違和感があるだろうに、それをこうして毎号置いて下さるなんて、好意というのはこういうことをいうのではないだろうか。

 さてその先も店内を見ていくうちに、すっかり夢中になった私は、終いには床にしゃがみ込んでお菓子の古本などを選び始め、同行者にもう閉店だよとたしなめられてしまう。そしてリトアニアの籠だのスウェーデンの古本だのフィンランドのリネンだのをしこたま買い込み、なにをしに来たんだかわからない有様になってしまった。

 品物を包んでくれる須藤さんが立っているレジの後ろの窓からは、緑に覆われた山がすぐそばに見えている。あまりに近いので、山の形がすべて見えるのではなく、中腹のラインだけがゆるやかに見えている。あの山はなんという山ですかと聞くと、円山ですと教えて下さる。登れるんですかと聞くと、登れますよ、頂上まで道がついていて、上が公園になってるんですとおっしゃる。低い山なのですぐ上がれます、でもふだんは見ているだけで、しばらく登ってませんけど、とちょっと恥ずかしそうに言われた。窓からは涼やかな夕方の風が吹き込んでくる。今度うかがうときには、円山にも登ってみたいなと思った。

presse(プレッセ)
http://momentsdepresse.com

 

◎盛岡 hina(ヒナ)
  ---
  盛岡のhinaは、2007年に小誌が創刊したときから置いて下さっている雑貨店である。

 小誌の創刊にあたっては、これといった営業も宣伝もせず、数人の協力者の他は、本当に誰も知らない闇夜の船出といってよかった。それだのにhinaは、発売と同時に立ち上げたWEBを見て、編集部に連絡してきて下さった。それはとても丁寧なメールで、お店で販売したいので取引条件を教えてほしいというものだった。hinaの他にも創刊号から扱って下さり、いまだに取引が続いているお店が何軒もあるが、そのいずれもが、売れなかったらどうしようという不安ではち切れそうだった当時の私にとって、本当にありがたい存在だった。

 その後も毎号の注文メールのやりとりで、私はいつものごとく勝手にイメージを膨らませて、店主の竹花さんを物静かな若い女性だろうと思っていたが、あるとき盛岡を訪れた折りにお会いしたご本人は、大らかで気さくで、お母さんのような安心感を兼ね備えた方だった。東京で雑貨のお仕事をしていらした経験もあり、故郷盛岡に戻って、お店をなさっているということだった。私たちはすぐに打ち解けておしゃべりし、盛岡ならどの店のカレーがおいしいとか、おそばならここがいいとか、お餅はこの店で、などといった地元ならではの情報も図々しくいろいろと教えていただいた。

 それから、販売店を初めて訪ねたときはいつもそうするように、『murren』がどこにいるのかをそっと探した。広々とした店内にはうつわや切手や文房具や本や布ものや、女の人が好きな雑貨がところ狭しと置かれていて、つぶさに見て歩くのには大変な時間がかかりそうだった。盛岡で働いている女の人が仕事帰りに楽しみに寄って、あれこれ見て、小さなものをひとつだけ選んだりするんだろうなと思う。そんな一隅に小誌はちゃんと居場所をもらっていて、新刊の内容を説明した、お手製のポップまで付けてもらっていた。竹花さんは、いつも決まって買いに来る方がいらっしゃいます、と教えて下さった。

 『murren』以外にも、私の作る本を読んで下さっている常連のお客さまが近くに住んでおられるからと呼び出してくれて、私たちは大いに盛り上がり、時間さえ許せば、そのまま一杯飲みに繰り出さんばかりの勢いだったが、その日帰京しなければならなかった私は、最終の新幹線の時間を聞いて青くなり、走りに走って飛び乗った。お店は駅から歩いて10分ほどの距離なので、かろうじて間に合ったのである。

 以前から盛岡は好きな町で、岩手の山の行き帰りに何度も訪れていたが、これからは行くたびに訪ねる店が一軒増えたことが嬉しかった。もちろん、好きな町に小誌を置いてくれるお店があって、読んで下さる方がいることは本当に嬉しかった。

 そのとき私はお店で茶色い陶器のスープボウルをひとつ買ったが、竹花さんは、いいんですか、買ってもらってとすまなそうにおっしゃった。いいものは東京にいくらでもあるのに、といった口調だったけれど、私はhinaで買いたかったのだ。夕食どきに食器棚からその茶色いボウルを出して白いスープをよそったりするたび、hinaでの楽しかった初秋の夕暮れのひとときを思い出している。

 

hina
http://zakka-hina.com/